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那覇 桜坂 「おもろ」が、消滅のピンチを迎えている

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明らかに、店の中は時が止まっている。いや、止まっているというより、重なっている、あるいはそれぞれの時代が微妙に混ざりながらも重なり合っている、というのが正確だろうか。
那覇 桜坂の「おもろ」は店主の話によると、最初に店を開けてからもう65年近くの時が流れている。しかし店の中には、65年間の空気がこの手で触れるほどに充満している。

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「おもろ」とは「思う」こと

「おもろ」とは。ウィキペディアによると『おもろとは歌の意で、沖縄方言の「思い」から来た語である。沖縄の古い歌謡であり、14世紀末、中国大陸から三弦の伝来する以前に行なわれた歌曲の中心をなすもの。もっぱらノロ(巫女)や神職によって歌われたものが一般的に知られたが、王家の儀礼楽として節句などの儀式の時に首里城で歌われたものは「王府のおもろ」と呼ばれて神聖視され、秘密裏に伝承された。』とある。
まさに、桜坂の「おもろ」には、沖縄やあるいはこの地を訪れた人たちの思いが、65年間の時代の空気と共にある。

多くの思いと語らいと、そして時を積み重ねてきた

カウンターに座り、正面の壁の飾り棚を店主が動くスペース越しに見ると、なんやらパスポートらしきものが……。


かつての占領時代の、店主の父親と母親のものだ。当時は、鹿児島に行くのもパスポートが必要だった。店主に許しを頂いてページを繰らせていただくと、そこには、働き盛りであった凛々しく風を切って那覇の街を歩いていたことが容易に想像できる表情をした父親の写真、おだやかでのんびりしていたであろう、しかし飛び切りの美人の母親の写真があった。
飾り棚の横に目を向けると、山之口獏の詩が飾られている。おもろで、いろいろな思いを語った一人なのだ。


その他にも、永六輔、濱田庄司など、文化人と呼ばれる人たちが訪れた痕跡があり、もちろんそれだけではなく、間違いなく「おもろ」には沖縄の思いが店の中に充満しているのだ。
きっと空気の質が違うのだ。おそらく量子力学等で解析してみると、おもろに満ちた空気は、時の要素がたっぷりっ付着しているに違いない。
この店のカウンターに座り、泡盛をお湯で割り、グラスから立ち上がる香気を楽しみながら店主が手をかけてくれる刺身を口に運べば、その時の重さに、心は震えるのだ。

その「おもろ」が、遅くとも2019年の12月に店を閉める

桜坂のおもろにいくと、その事実を肌で感じることができるだろう。
おもろがある場所は、時を一緒に過ごした多くの店は解体されさら地になり、おもろと一緒に肩を寄せ合って生き続けてきた店も、もう閉じてしまった。
来年、例えば夏の早くに台風が来て店のどこかがいけないことになると、もう、その段階で店を閉じることになる。
デッドエンド。


沖縄に行くなら、那覇に行くなら、桜坂に行くなら、「おもろ」に行こう。
先ずは、その時代の沖縄の人たちの空気を感じよう。
もう、カウントダウンのスイッチは押されてしまったのだ。

「おもろ」を何とか残せないか

そのカウントダウンのスイッチを止める方法はないだろうか?
先ずは、私たちがお客として「おもろ」へ通うことも大事だが、
例えば、内装だけでも、どこかへ移築することはできないだろうか。
カウントダウンのスイッチを止めるために。

P.S.私たちは、悦ちゃんを無くした。沖縄の時間は、当たり前だけど流れている。

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